新之助誕生秘話(前編) コシヒカリを水稲の横綱に育て上げた新潟県が、満を持してデビューさせた新之助の実力とは?
 

日本一の米どころとして知られる新潟県は、米の作付面積、生産量、産出額のいずれも都道府県別で全国で1 位となっている。そして、県の主要品種となっているのは、いわずと知れたコシヒカリ。日本穀物検定協会の食味コンクールにおける特Aの常連である魚沼、佐渡、岩船といった県を代表する三大産地だけでなく、美味しいコシヒカリといえば新潟県産と、現在でも全国的に高い評価を得ている。まさに、コシヒカリは新潟県の顔といった存在なのである(それに至るまでの過程は本サイト「新潟コシヒカリ 成長の軌跡」を参照)。
しかし新潟県では、ここで新たな動きが起っている。それが新之助という新品種の華々しいデビューだ。試験栽培・販売された昨年(平成28年)、すでに米の関係者やプロの料理人からは、方向性の違いはあるが魚沼産コシヒカリと同等の極食味と評価を得ており、一般販売が予定される本年度以降、どのように展開されるか、目が離せないのである。

コシヒカリの作付け集中によるリスク拡大を抑えるためにも良食味の早生品種育成が急務に!


新潟県農業総合研究所の外観
 食味とブランド力で圧倒的な力を示してきた新潟県産コシヒカリ。しかし、平成に入ると、新潟県では一大生産地ならではの悩みを、徐々に内含するようになってきていた。
 平成元年(1989)に59%だった県内のコシヒカリの作付面積は、平成4年(1992)に60%を超え、平成11年(1999)には80%を突破するまでに至っている。このコシヒカリへの集中は、気象面や経済面でのリスクの拡大へとつながっていったのだ。
 実際一部では、作期の分散が図れないために適期収穫ができず、品質の低下を招いたり、カントリーエレベーター(穀物の貯蔵倉庫)への集中が起こり、作業停滞を招いたりという事態が起こっている。
 そのような状況下において、もちろん県も手をこまねいていたわけではない。新潟県では中生にあたるコシヒカリに対し、作期が早い早生品種の育成に積極的に取り組むことになったのである。




新潟県農業総合研究所 石崎育種科長

 新潟県農業試験場(現・新潟県農業総合研究所/作物研究センター)で育成された早生品種には越路早生(昭和28年採用)、ゆきの精(平成2年採用)があったが、他県からあきたこまち(秋田県農試/昭和59年)、ひとめぼれ(宮城県古川農試/平成3年)などの良食味の早生品種が登場すると、新潟県としては、コシヒカリの作付け集中解消のためだけではなく、早生であきたこまちやひとめぼれと勝負できる良食味品種の育成が急務となっていったのである。
 平成5年(1993)には、〝ドリーム早生開発プロジェクト〟という、県を挙げて良食味の早生品種と作ろうという取組みもスタートしている。
「実は、この取組みがスタートする前、昭和63年(1988)に交配を始め、育成中だったこしいぶき(父本ひとめぼれ、母本どまんなか/コシヒカリの孫になる)も、その候補の一つになったのです」と、当時の状況を、新潟県農業総合研究所/作物研究センター(以下新潟県農総研)の石崎和彦育種科長が語っている。プロジェクトが始まる前、すでに育種担当者は危機感を持って、良食味の早生品種の育成に着手していたのである。しかしコシヒカリがあるだけに、食味に関してのハードルが高かったことは、想像に難くない。
 そのため通常の2倍の交配組合せから選抜が始まり、1年間に2世代進めることができる沖縄の石垣島での栽培を行うことで、育成の効率化を図るなどをして対応。プロジェクトが始まった平成5年には、高品質、良食味特性を持つ優良な新品種候補が7 系統に絞り込まれた。さらにおよそ7年をかけて試験圃場での栽培、現地栽培などを通しての選抜試験が行なわれ、最終的には平成12年(2000)に、こしいぶきが県の奨励品種に指定されたのである。「良食味であることはもちろんでしたが、一番の育種目標は作期の分散でした。その点、こしいぶきと命名された新品種は、県内全域で相対的にコシヒカリより、1週間~10日ほど早く収穫できるので、それをクリアできていました。耐冷性は中程度ですが、コシヒカリより約10cm短稈で倒伏耐性があり、育てやすい品種といえます」と、石崎育種科長。 

石垣島における世代促進の作業風景

 こしいぶきは米づくりに関してはこだわりの強い新潟県の生産者に徐々に受け入れられ、デビュー以降、徐々に作付面積を拡大。平成28年産では水稲の全作付面積の約17%を占めるまでになった。同年産のコシヒカリの作付面積は、69%と70%を切っており、当初の目標であった作期分散に一役買ったことはいうまでもない。
 新潟県では、こしいぶきデビューの前年(平成11年)にあきたこまちとひとめぼれが、奨励品種に準ずる「種子対策品種」に指定されている。しかしこれらを凌駕し、作付けを伸ばしたことでも、こしいぶきが期待通りの良食味・高品質の早生品種だったことをうかがい知ることができる。
「ただし収量を多くするために施肥量を多くすると、タンパク質含有量が多くなり、食味が低下してしまう。こしいぶきは作りやすいので、ついつい欲張って肥料をあげたくなりますが、食味を優先して肥料を抑える必要があったのです。そのため、デビューして数年は生産者登録制を採って、その点の指導を徹底しました」
 

県内におけるこしいぶきの稔りの光景

 石崎育種科長がいうように、どんな良食味・高品質品種であっても、そのできは生産者しだいというところがあるのは確かだ。
 米の集荷や流通業者の間では、早生品種の中では評価が高く、順調に米どころ・新潟県の新しい顔として育っていったこしいぶき。作付面積も2万haを超え、生産が県内需要をようやく上回ったことで、県外の流通業者からの引き合いも多くなっているという。
今後も注目したい品種の一つであることは間違いない。






 

名脇役の早生品種・ゆきん子舞の登場にも新潟県ならではの背景が……

 こしいぶきより後年(2005年品種登録)、新潟県農総研で育成された早生品種にゆきん子舞がある。こしいぶきの評価が高いにも関わらず、同じ早生品種を育成した背景には、新潟県ならではの事情が存在していた。
 新潟県では、大豆が転作作物の主力の一つである。国産大豆は人気が高く、需要も多いが、大豆は空気中の窒素を地中に固定する性質(窒素固定)がある。湛水状態を保つ水稲作から畑状態で大豆を作付した際には、土壌から窒素が放出されるため、大豆あとの水田では地力窒素が強くなる傾向におちいる。そして稲の生育が過剰となって、倒伏や病害虫を多く発生させるだけでなく、玄米のタンパク質含有量を増加させ、食味の低下を招くのだ。


株から育った苗を一本づつ田植えする光景

 倒伏耐性が弱いコシヒカリは、出穂直後から倒伏して登熟が進まず、また倒伏耐性のあるこしいぶきさえも、食味や品質の低下が起こってしまう。つまり、大豆転作後の水田では、「まずい新潟県産コシヒカリやこしいぶき」ができる可能性が高まる。しかし生産者にも生活があるため、まずい米になりやすいと分かっていても、コシヒカリやこしいぶきを作付けせざるを得なかったのである。
 これでは、せっかく培ってきたコシヒカリに代表される新潟県産米の名をおとしめることにつながりかねない。そのため、大豆転作後の地力を制御できない水田でも、倒伏することなく、品質が安定する品種の育成が急務となっていった。
 その要請を受け生まれたのが、ゆきん子舞なのである。母本がどまんなか、父本がゆきの精。食味こそこしいぶきに若干劣るものの、地力が高めでも、高温条件下で生産しても、高品質を維持できる特性をもち、育種目標は十分クリアしたといってよい。
「生産者としては、大豆の転作をやらないわけにはいかない事情もある。だからといって、コシヒカリやこしいぶきを栽培されても困るわけですし……。そういう意味では、ゆきん子舞はコシヒカリ、こしいぶきという新潟の美味しいブランド米を支える名脇役といってもいいかもしれませんね」と、石崎育種科長。
 

食の多様化と気象変化の対応に必要だった極良食味の晩生品種

 新潟県産米は中生品種・コシヒカリと早生品種・こしいぶきという2本の太い柱、そしてゆきん子舞という梁を得て、盤石な体制を築いたかに見えた。しかし、うるち米を取り巻く環境下では新らたなニーズが生まれ、それに対応せざるを得なくなったのである。
 その一つが食の多様化。他の都道府県から、新たな需要を掘り起こすため、コシヒカリとは方向性の違う食味をもつ各種ブランド米がデビューし、米を巡る産地間競争が激しさを増してきたのである。そのライバルたちの動向に、「うるち米のガリバー」と呼ばれたコシヒカリを擁する新潟県としても、安閑とはしていられなくなってきていた。


室内で品種候補の選抜を行っている様子

 そしてもう一つが、気象変化――地球温暖化への対応だ。北陸や東北では冷害が大きな障害となったため、耐冷性に優れた早生や中生の品種が多く生まれてきたが、温暖化の影響は、北陸や東北でも無縁ではなくなってきたのである。そのため、高温登熟性を持ち、さらに稲が実る時期が遅く、収穫期前の暑さを避けることで、より食味・品質面で安定しやすい晩生品種の育成が望まれるようになったのである。
「近年は気象が不安定で、梅雨の時期から暑い日が続く年もあり、コシヒカリ、こしいぶきの品質が落ちることが懸念されるようになっていました。そのため、秋が深まってから実りが進むもの――晩生品種を揃えておきたいと意見も多くなってきたのです。コシヒカリのあとに、もう一本の柱――2本より、3本の方がいいだろうという話になったわけです」と、石崎育種科長。



 

収穫期に圃場選抜を行っている光景

 7月下旬が一番暑く、8月5日頃から徐々に気温が下がっていく新潟県の気候を考えると、晩生の方が登熟条件的には有利だという。
 中生のコシヒカリは、平坦地では5月10日頃に田植え、出穂が8月初旬、刈取りが9月中旬(10日前後)というスケジュールになる。
そのため、どうしても出穂期に一番暑い時期を迎えることになり、高温登熟障害とは背中合わせの状況だったのだ。これに対し、晩生の品種は出穂が8月10日頃、刈取りが9月20日頃になるため、上手く一番暑い時期を避けることができる。そのため、新潟県としても3本目の柱として、どうしても晩生品種の育成が必要だったのである。
 しかし、単に高温登熟耐性をもつ晩生であればどんなものでもいいというものではない。新しい晩生品種には、美味しい米の産地・新潟のイメージに相応しい極良食味米であることが強く求められたのだ。 

(-次号に続く-)

*文中敬称略、画像提供:新潟県農林水産部農業総務課政策室、新潟県農業総合研究所