新之助誕生秘話(後編) コシヒカリを水稲の横綱に育て上げた新潟県が、満を持してデビューさせた新之助の実力とは?

極良食味の組み合わせを得るために、黙々と宝探しの日々を!


人口交配を行なっている時の光景
 晩生の新品種の育成は、平成15年(2003)に約500種類の交配、約20万株の育成から始まった。
「とにかく極良食味であることが求められました。育てやすさ――稈が長い、低いは二の次でしたね」と石崎育種科長は当時を思い出しながら語っている。
 一般的に食味での選抜は、交配が進んだ6~7年経った品種改良の最終段階に行なわれるもの。
しかし、この晩生の新品種の選抜では、最初の約20万株から世代交代を進め、約1割、2万株の品種候補を選抜。さらに品質評価で1万株くらいに絞った(交配後2~3年の早い)段階で、食味選抜を行なったのである。
 1株から収穫できる米は約30g。この一握りの米を炊飯。そして、それぞれの米の耀きをチェックし、数値化するという方法を新たに開発し、選抜に取り入れたのだ。その方法がとられたのは、一粒ひと粒の米の耀きが美味しさのバロメーターになる――確実に、極良食味の可能性がある株を選抜できるからにほかならない。
「黙々と宝探しとする日々でした」と、気が遠くなるような作業に明け暮れた当時を思い出したのか、石崎育種科長は懐かしげに微笑んだ。 



炊飯米の機器分析による光沢評価
 1万株から5000株に、さらに翌年は1000株にと、徐々に絞っていきながら、同時に性質の固定化を図っていった。
そのように選抜された品種候補は、平成23年(2011)に7つに絞られている。そして試験場内圃場だけでなく、産地の現場圃場に出され、耐性などを見る栽培試験、食味試験が繰り返され、平成24年は6候補、25年に5候補、26年には2候補まで絞り込まれていくことに。
 この選抜過程にあった平成22年、新潟は異常高温に見舞われた。少なからず育成中のものにも影響が出たため、品質劣化を招いた個体をすべて破棄することに。「高温に強いものだけを残せたことも育種担当者にとってラッキーだった」と石崎育種科長はいう。食味と同様に育種目標だった高温登熟耐性を、期せずして確認できたからだ。
 そして、最終的に残ったのは、新潟103号ともう一つの系統番号が付けられた二つであった。
「食味試験でもどちらも評価が高く、栽培特性でも問題はありませんでした。ただ、選ばれなかった方は、粒の大きさはコシヒカリ並みだったのに比べ、103号はひと粒が大きく、食べた際にも粒感をあって、明らかにコシヒカリとは違う感じがしましたね。どちらが生き残るのか? 私自身はお米を販売することを仕事としていないので、最終選択はお米屋さんやプロの料理人たちの判断にお任せしました」

  そして、最終的に奨励品種として選ばれたのは、のちに「新之助」と命名された新潟103号だった。
「食の多様化に対応するために、〝コシヒカリと似たものではなく、ベクトルが違ったものを!〟という当初の考えからすれば、総合的にみて103号だろうなとは、個人的には思っていました。なので、103号が選ばれ、正直ホッとしました」と、石崎育種科長は語っている。

「新之助」系譜図

新品種の品質・食味の安定を担っている「新之助研究会」


「新之助」米袋パッケージの発表会
 新之助は、平成27年に奨励品種決定調査のため、15か所10haで47tが生産され、平成28年には、晴れて県の奨励品種として指定された。そして平成28年に、約100haに作付けされた(596t生産)新之助は、華々しくお披露目されたのである。あくまで試験販売、プロモーションとの位置づけだったが、特別感・限定感が滲み出るデビューであった。
 新潟103号=新之助は、新潟75号と北陸190号の交配によるもの。先祖を辿っていけば、両親ともコシヒカリの系統に行き当たる。しかし、コシヒカリほどの粘りはないが、大粒でコクと甘みに満ちているのが特徴。試験販売された新之助を口にしたプロの料理人の間では、「そのバランスのよさは、炊いたごはんの可能性を無限に広げてくれる」と、絶賛の声が上がったほどだ。



 

「新之助」の試験販売を行なっている光景
 そんな新之助だが、一般販売が予定されている今年(平成29年)の作付面積は1150ha、生産量6000tが予定(平成29年2月現在)されている。新潟県の水稲全作付面積は約12万haなので、1%にも満たない数値となっている。
「スピード感を持って、ブランド化を推進していきたい。しかし生産に関しては作付面積や収穫量ありきではなく、しっかりと足元を固めながら増やしていきたいと思っています。まずはいいものを作っていただくことから始めたい」
 こう語るのは、新潟県農林水産部/農業総務課政策室の牛腸眞吾室長だ。
 新之助は、特定産地の指定はされていない。基本的には、晩生品種であることを考慮し、栽培適地は県内全域の標高300m以下(コシヒカリは標高400m以下)が目安とされている。ただし、前述した大豆の転作あと、砂質地、老朽化水田、泥炭地など、圃場レベルで問題がある場所での栽培はNGとなっている。
「いろいろな地区で作られることで、適地のあるなしや、どこが最適地かなど、これから分かってくるかもしれません。しかし、今現在は、圃場レベルで問題がなく、標高300m以下なら、品質のいい良食味の新之助の生産が可能だと考えています」と石崎育種科長。
 とはいっても安定して食味・品質等の確保を図るためは、生産者や米穀集荷業者が一体となって、生産対策に取り組む体制が必要となる。そのために組織されたのが、新潟県内に主たる事業所を有する米穀集荷事業者が主宰者となって、県内各地区に設立された「新之助研究会」だ。 

栽培指針説明会の様子
 平成28年産米は、研究会で生産者を厳選したこともあり、思い描いた通りの素晴らしい品質、食味の新之助の生産に繋がった。その経験を活かし、作付面積を広げても同じように栽培し続けていくことこそが、新之助のこれからには重要なのである。
 そのため平成29年の作付けにおいても、28年同様に、以下のような一定の生産者要件を設定している。
1) 新潟県内に居住する農業者、または新潟県内に主たる事業所を有する農業生産法人等であること
2) 栽培指針に基づく適切な栽培管理を行うことができる能力を有すること
3) 新之助の食味・品質の確保に向けて、次の事項に的確に取り組む意思があること  
 ①栽培履歴の記帳
 ②GAP(農業生産におけるリスク管理を踏まえた持続的改善活動)の実践
 ③毎年の種子更新
 ④新之助の一定水準以上の食味・品質を確保するために定められた区分集荷・販売実施マニュアルの遵守 

新潟県農林水産部/農業総務課政策室 牛腸室長
 また、以下の3項目すべてを満たしたもののみが、新之助を名乗ることができる食味・品質基準も設けられている。
1)玄米タンパク含有率6.3%以下
2)整粒歩合70%以上
3)水分含有量14%以上、15%以下
「これらを責任持ってチェックするのが、各研究会。県1本ではなく、米穀集荷事業者単位で設けられているからこそ、細かいチェックが可能になっているのです」と牛腸室長は語る。
 また、平成27~28年にかけて栽培されたデータを蓄積し、肥料はやりすぎない(施肥量が多いと玄米のタンパク含有率が上がる)、穂数が多い品種なので、生産コントロールを徹底して、食味・品質基準を確保するための栽培管理技術を盛り込んだ新しい栽培マニュアルも策定された。
「流通価格的には、一般栽培の魚沼産コシヒカリをイメージしています。そのためには、魚沼産コシヒカリと並び立つような、ブランド米に育てていく必要があります」と、牛腸室長は語っている。






 

PR活動の一環として、企業とのコラボも推進


「新之助」をJALファーストクラスのラウンジで提供
 試験販売ではなく、通常の経済活動の一環として一般販売が行なわれる今年は、新之助の真価が問われる年になることはいうまでもない。
「知名度、ブランド力を高めるPR活動をさらに進めたい。それには、まずは研究会でいいものを作っていただき、それを輝かせるという、当たり前のことを当たり前に行うことが大事だと思っています」と牛腸室長は語る。
 その取組みの一つが、企業とのコラボだ。例えば、新之助を使った弁当・おにぎり、新之助に合うおかず、飲み物などを企業に開発してもらい、連携しPRすることで新之助を多角的に情報発信していこうという狙いがある。
「申請すれば、新之助のデザイン、名称を無料で使用することができるので、企業としてもメリットがあるはず。そのようなコラボが実現すれば、自ずと新之助の名が世に出ていきますし、WINWINの関係が構築できるのではと、期待しています」
 そしてすでに、何件かの問い合わせもあり、早期の実現に向けて始動しているという。また新潟県では、取扱い販売店や新之助を提供する料理店をリスト化し、消費者に提供するといった、地道なPR活動も合わせて展開しているのである。 

新潟県米山知事によるトップセールスを都内で実施
 そしてその成果が表われたとしても、前述したが、県としては倍々ゲームのように急速に作付面積の拡大を図る予定は、今のところない。
「新之助は、地球の温暖化に備えて育成した品種。今後の市場状況を見ながらですが、温暖化が進行するようなら、作付面積は自ずと拡大していくかと思います。今、新潟県としては、気象変化や食の多様化など、いろいろな要件に対応するために、いろいろな品種を揃える必要があります。その一つとして新之助の存在があるのです。業務用米として、ゆきん子舞の拡大を図っていきたいとも思っていますし……」
 こう牛腸室長は語っているが、育種を担当する石崎育種科長も同じような意見を述べている。
「もっと、品揃え(いろいろな品種育成)をしていかなくてはと思っています。育種は15年がかりなので、今ある品種を改良していくのがいいのかなど、課題はたくさん残されているのが現状です」


 

量販店の店頭に販売用として陳列された「新之助」
 そして新之助にも、唯一いもち病に弱いという弱点がある。これらをどう解決していくのか?など、コシヒカリを水稲の横綱に育て上げた新潟県の手腕が問われているのだ。
 新潟県農総研が今までの新潟米の集大成として満を持してデビューさせた新之助は、もちろんコシヒカリと並んで綱を張る素質は十分持っている。石崎育種科長は「新之助には、新潟のブランド米を引っ張っていく存在になってほしい」というが、その結果は意外と早く出るかもしれない。そんな期待を持たせるほど、新之助は魅力的な品種なのである。

 





*文中敬称略、画像提供:新潟県農林水産部農業総務課政策室、新潟県農業総合研究所