最新品種誕生ものがたり 宮城県/だて正夢&金のいぶき ササニシキ、ひとめぼれという人気ブランド米を生んだ宮城県が次世代を担うと期待する新品種2種の底力とは?
 

2017年から新たに作付け・収穫して販売する新ブランドの農林水産省への登録申請(民間の新銘柄開発も含め)は、昨年(2016年)の32銘柄を抜き、過去最多の42銘柄にのぼった。新潟県が昨年(2016年)、「新之助」をプレデビューさせ、話題を呼んだが、今秋も富山県「富富富(ふふふ)」、福井県「いちほまれ」、山形県「雪若丸」、岩手県「金色の風」など、多くの新品種のプレデビューを飾った。
 そんな米のブランド競争が過熱する中、宮城県で今秋プレデビューさせたのが、「だて正夢」だ。新品種を登場させた意図がどこにあるのか? 
 また、2013年に品種登録されたにも関わらず、自県では奨励品種にさえなっていなかった「金のいぶき」(2016年に宮城県でも奨励品種に)が、昨年から俄然注目を集めるようになった背景を解き明かしていく。

だて正夢は、主力品種というよりプレミアム感の存在に!

ここ数年、米の新品種が多く登録されている背景には、来年にも見込まれている米政策の見直しがあるといわれている。

古川農業試験場の外観
個性的で強力なブランド米を投入することで、冷え込んでいる米の国内消費と農家の生産意欲を高めようとしているのである。「平成30年度(2018)の減反廃止に向けて、産地間競争に勝ち抜く必要がある。高く売れる米を作り、農家の収入を増やすのが第一の目的」と話す米関係者もいるほどだ。
 宮城県では、品質、耐冷性、良食味などを含め、オールマイティなひとめぼれを中心に、ササニシキ、玄米食用の金のいぶき(詳細は後述)、そして今秋プレデビューさせるだて正夢を4本柱に据えたいと考えているようだ。それは、だて正夢のプレデビューにあたって、村井嘉浩宮城県知事が述べた挨拶にも表われている。
 


試験田における「だて正夢」圃場風景
「~我が県では、皆様に馴染みのあるひとめぼれ、ササニシキに加え、新品種・だて正夢、さらに玄米食向け品種・金のいぶきを品揃えし、新しい"みやぎ米〟として、皆様の食卓にお届けしたいと考えています~」
 現在、ひとめぼれは県の主力品種であることは間違いなく、宮城県のうるち米の全作付面積の80%近くを占めている。しかし一品種に作付けが集中することは、作業効率やリスク分散を考えると、必ずしも好ましい状況とはいえない。また、消費者の嗜好の多様化に対しても、順応できないというデメリットもあるのだ。
 そういう意味でも、ひとめぼれとササニシキを両輪に、それを補完するのがだて正夢や金のいぶきという発想で、どうやらだて正夢は、「新潟県のコシヒカリに対する新之助」に近い、プレミアム感がある米という存在のようだ。









 

極良食味米の条件を十分クリアしているだて正夢!

 だて正夢の育種目標であった「ひとめぼれよりさらに粘る=低アミロースで極良食味米」の交配は、2001年にスタートしている。
「ひとめぼれ以外にも、みやぎ米の美味しさを新たに発信できる良食味品種が望まれていました。食味の嗜好は個人差がありますが、粘りの差は分かりやすいので、そこを目指して育種をスタートしたのです。

景宮城県/栗駒山の田園風景
宮城県にはたきたてという低アミロース米がすでにあったのですが、あまりにも粘り過ぎるので、ほどほどに粘る品種ということになりました」
 当初は、おぼろづきとまなむすめの交配でスタート。おぼろづきは、北海道農業研究センターで育成された品種で、空育150号(後のあきほ)ときらら397の突然変異によって生まれた北海287号から生まれた良質な低アミロース米。同じ北海道生まれの低アミロース米・ゆめぴりかに比べ、冷害に強かったので母本に選ばれた。おぼろづきの育成当時、宮城県古川農業試験場/永野場長は農林水産省北海道農業試験場(現:農研機構北海道農業研究センター)に勤務しており、その特性を十分に把握していたといってよい。そして父本となったまなむすめは、良品質で、いもち病に強いチヨニシキとひとめぼれの交配で、古川農業試験場において生まれた品種。
 
「だて正夢」の米袋デザイン
この交配で生まれた子は、2005年、F7まで世代交代が進められ、東1126という系統番号が付けられたが、栽培特性が良くなかったため、次のステップである東北〇〇号という地方番号を得ることができなかったのである。
「粘りと耐冷性はクリアできたのですが……北海道の品種を1回の掛けあわせでダイレクトに使うのは難しいということが確認できただけでも、収穫がありました」
 こう語る永野場長は、ちょっと苦笑いを浮かべていた。自分の手で育てたもの同士の掛けあわせに、自信があったのかもしれない。しかし古川農試では、毎年150にも及ぶ交配が行なわれ、品種登録まで進むのは約5年で一品種。こんな挫折も、ある意味日常茶飯事なのである。
 




「だて正夢」をライシーレディがをPR
 まったく違う品種同士の交配で、当初の育種目標を達成するという手段もあったが、彼は、東1126を使うことを選択。
新たに2006年、耐倒伏性に優れ、収量も多い東北189 号(後のげんきまる)を母本に、東1126を父本に交配し、選抜、固定を図っていった。こうしてだて正夢は、2016年3月に県奨励品種に指定され、2017年には品種登録へとこぎつけたのである。
 だて正夢の熟期は、ひとめぼれと同じ中生。本来なら冷害や病気のリスク分散のためにも熟期が違うことが望ましいが、宮城県では、早生は気候面でのリスクが大きく、晩生は品質が安定しないなどの事情があり、自ずと中生品種となったようだ。ただ、ひとめぼれと同じ熟期であるが、出穂が2~3日遅いことが、多少なりとも収穫作業の分散化などに貢献するとみられている。
 



 さて育種目標であった食味と粘りであるが、アミロース含有率はひとめぼれ(約16%)より低く、たきたて(約5%)より高い12%程度。炊飯米の食味は、もっちりとした粘り強さが特徴で、極良食味米の条件を十分満たしており、炊飯4 時間後の冷飯でも、美味しいと総合評価が高い。

「だて正夢」で作ったおにぎり
「食味などの選抜は、DNAが分かっていたのでラクでした。ただ残念だったのが、千粒重が小さくなっていたこと。両親とも普通の大きさだったのに……。粒が小さいため、収量が上りにくいかもしれません。その辺は、栽培方法で改善していきたいと思っています。また、小さいことで炊飯時に水を吸いやすく、水加減次第ではやわらかくなりやすいので、炊き方の訴求をしっかりしないといけないかもしれません」
 実際に、宮城県のだて正夢のパンフレットでは、「炊飯時の加水量は、一般のお米に比べて2割程度減らしてください」という炊き方の説明がされている。
 もちろん、100%生産者、消費者を満足させる品種は存在しない。しかし、「だて正夢」は当初の目標をクリア。群雄割拠の新ブランド市場において、天下を取るべく今年のプレデビュー、来年の本格デビューに向けて、県をあげて準備を着々と進めているのである。
 

 今秋のプレデビューにあたっては、首都圏でのPR活動も予定されているとか。また、品種名が決まった際には、フィギアスケートの羽生結弦選手が、PRキャラクターとして起用されるのではないかと噂もあった。さて、どのように我々の前に「だて正夢」が登場し、実際にどんなお米なのか、食味はどうなのかなど、今後の展開に注目したい新品種といえるのだ。
 ちなみに今年の作付けは53ha、生産見込み量が250t。そして来年はその約4倍にあたる約200haでの作付けが計画されている。

最初は米油資源として注目された金のいぶき

だて正夢は、デビュー前から期待され、県をあげての販促活動が展開されている。

「金のいぶき」の圃場風景
プロ野球でいうなら、レギュラーを期待されているドラフト1位指名選手。しかし、プロ野球では、ドラフトでは下位指名であったにも関わらず、持ち前の個性を活かしチームのレギュラーとして活躍する選手も存在する。みやぎ米において、そんな選手として注目されているのが、2013年に品種登録された金のいぶきである。
 交配が行なわれたのは2002年と、だて正夢とほとんど変わらない。母は糯と粳の中間ともいえる低アミロース米のたきたてと、父は巨大胚品種の北陸糯167号(後のめばえもち)。両親とも系譜に突然変異系統をもつ組合せであった。
 

「発芽玄米の栄養価を高め、かつ食味をよくする」というのが育種目標だったと、永野場長は語っている。でんぷんであるアミロースを低く抑えれば粘りのある米になる、またGABAなどの栄養素を増やすためには、胚芽を大きくする必要性がある、と考えた交配組み合わせだった。
 しかし、育種業界では玄米は炊き方が難しいし、食味もしれているというのがこれまでの"常識〟であり、玄米食用の品種という概念もないのが現状である。そんな状況下では、世代を進めても品種として固定しても、日の目を見ないこともよくある話だった。
「もしかして使ってくれるかなと思い、東北胚202号と命名しましたが、それ程期待していませんでした」

世代交代を促進する温室
しかし、意外なところで、東北胚202号は注目されることに……。日本発芽玄米協会(現・高機能玄米協会)が、その巨大な胚芽(胚芽長はひとめぼれの約1.3 倍、胚芽重は約3倍)に着目。その胚芽と糠から米油を抽出する米油資源として開発を進めることになったのだ。
 その矢先の2011年3月11日、東北地方を未曽有の大地震に襲ったのである。多くの人命が失われ、同時に作付け前の水田の多くが、大津波に流された。もちろん復興第一であったが、米の作付けを行えるのは年に1回。東北胚202号の奨励品種決定調査の試験作付けのためにも、手をこまねいている暇はなかった。
 その時、たまたま「石巻市の波をかぶった水田に、何か植えるものはないか?」という話があり、試験作付けがそこで行なわれることになったのである。満足な肥料もない厳しい状況、塩をかぶった環境、だれもが「収穫は難しい」と感じていた。実際に、隣の水田で栽培されていた稲は次々と倒れ、実りを迎えることはなかったという。しかし東北胚202号は、そんな状況のなかでもすくすくと育ち、実りの秋をむかえたのである。



 

奨励品種決定調査と並行して、米油資源としての栽培計画や活用法の検討も進められていった。その際、日本発芽玄米協会の尾西洋次理事(当時)が発したひと言が、東北胚202号の運命を、再び大きく変えて行くことに……。


世界戦略すら考えられるようになった金のいぶきの食味

玄米(左から 金のいぶき、ひとめぼれ、たきたて)
永野場長はすぐ反応した。「発芽玄米用に育種を進めたので、目指したのは良食味。美味しいんです」
 この言葉を忘れずにいた尾西理事は、後日、試作品として発芽加工してあった東北胚202号を、実際に炊飯して食べてみることに。そして、その食味に驚きを隠せなかったという。「なんだこの味は。信じられない!」と何杯もおかわりした。
 これを契機に、米油用とともに発芽玄米の用途も加えた両方向での開発が、日本発芽玄米協会と宮城県古川農業試験場の共同研究の形で進められることになったのである。
 




イベント会場で「金のいぶき」をPR
 2013年、金のいぶきとして品種登録された東北胚202号は、2014年に秋田県や宮城県の一部で先行して、米油用として本格的な作付け開始した。そして「美味しい玄米」として徐々に食用へと幅を広げていったのである。
 そんな中、「金のいぶきは、国民の健康と水田の有効活用を同時に達成できるかも!?」とその将来に強い可能性を感じた尾西理事は、金のいぶきを用いた玄米食の普及を目的にした㈱金のいぶきを設立している。
「ここが中心になって、新たな取組みを行っています。玄米には雑菌や虫の卵などがついている。それを殺菌、殺卵するシステムを、精米機メーカーと協力して作ったり……。これにより安全性が確保され、なおかつ美味しくなり、保存性も高くなっています」と永野場長は語っている。
 

 そして宮城県でも、村井知事が炊いた金のいぶきを実食。ひと口で気に入り、2016年に県の奨励品種に指定し、宮城県でも本格的作付けが行なわれることになったのである。
「2017年にやっと、秋田県の作付面積を抜きました。愛娘が養子から戻ってきた感じですね」と、永野場長は満面の笑みを浮かべる。

都内百貨店で「金のいぶき」を販売
「実は育種目標にはなかったのですが、金のいぶきは、他の品種の玄米にはない炊きやすさも兼ね備えていました。扱いにくい玄米とまったく別もの。とにかく女性のウケがすごくいい。玄米初心者のリピートも増えています」
 金のいぶきを食べるようになって「便秘が改善した」などという声が、女性消費者から多く上っているともいう。そして、食物繊維が豊富というだけはない「美味しくて健康によい」という特性を示すエビデンスも徐々に整いつつあるのだ。
 麺やパンを食べていた女性が、玄米食へと切り替えた――お米に戻ってくるといううれしい現象も多く報告されているようだ。まだ未発売の段階だが、玄米麺などの加工に取り組む業者もいるし、無菌パック米飯としてアジア諸国に、冷凍米飯としてアメリカに、と輸出も視野に開発が進むなど、いろいろな面で可能性を秘めている。
 金のいぶきは、胚芽に含まれる脂質や機能性成分を活かして、発芽玄米や加工用米飯の素材として、世界戦略すら考えられる品種へと変貌を遂げようとしているのである。
 ドラフト4位指名だったイチローが、日本で首位打者を獲得したあと、メジャーリーグで活躍しているように、金のいぶきは世界へと打って出るかもしれない、そんな可能性すら感じさせる品種なのだ。
 

 永野場長は「それ程期待していなかった」と言葉を口にしたが、金のいぶきを語るときの愛娘を見守るような優しい笑顔には、「実は大きな期待をしていた!」ことが、伺えるのである。津波をかぶった水田でも大きく育った金のいぶきは、まさに東北復興を支えるいぶきとなっていくことを期待したいものである。

*文中敬称略、画像提供:宮城県古川農業試験場