~最新品種誕生ものがたり~ 福井県/いちほまれ コシヒカリを生んだ福井県が、"ポストコシヒカリ〟を目指し、満を持して登場させた、次世代を担うと期待される品種の実力とは!?
 

 以前『コシヒカリ誕生秘話』(2015年7月)の中で、「平成29年度には、ポストコシヒカリを目指した品種が登録出願される」と、福井県農業試験場(以下、福井農試)のポストコシヒカリ開発部の清水豊弘部長(当時)は語っていた。その予告通り登場したのが、「いちほまれ」(越南291号)だ。
 福井県産コシヒカリは、関西方面では育成地ならではの最高ランクの米として知られ、福井県の農業関係者が「コシヒカリを育てた福井県」という自負を持って生産しているのと裏腹に、全国的には「コシヒカリといえば新潟県ブランド」のように扱われていることに、忸怩たる思いを抱いている人も多くいるといわれている。その思いを払拭するためにも、かねてよりコシヒカリを超える福井県産米のフラッグシップ的存在となる品種の育成が望まれていたが、まさに、それを具現化したのが「いちほまれ」なのである。

ポストコシヒカリを目指し、明確な3つの育種目標が設定された!


福井県農業試験場の外観
 コシヒカリを生んだ福井農試では、コシヒカリ誕生後もハナエチゼン、イクヒカリなど、これまでに30を超える品種を誕生させてきている。
 しかし、平成9(1997)年の福井県内の作付けを見ると、中生のコシヒカリが57%、ハナエチゼンが33%。この2品種で全作付けの約9割を占めるようになっていた。そして10年後の平成19(2007)年には、コシヒカリの作付比率はさらに増加し、68%にも達しており、さらにコシヒカリへの作付け集中が進めば、収穫作業の遅れによる品質低下を招く恐れがあった。
 このような背景のもと、コシヒカリと同等の食味特性を持ち、コシヒカリより玄米外観品質が優れ,成熟期が遅い品種を目指し育成され、平成20(2008)年に県の奨励品種に採用されたのが、あきさかりである。
 このあきさかりは、ポストコシヒカリを目指した品種ではなく、あくまでも作期分散を目的とした品種であり、コシヒカリと比べて出穂期で7日、成熟期で10日遅い特徴を持っていた。デビュー当初は、食味に際立った特徴がないため、販売的に扱いにくいといわれていた。しかし、良食味で品質も安定していたことが評価され、平成24年にANA国際線のファーストクラス・ビジネスクラスの機内食に採用されるなど、外食関係で使い勝手の良さが認められ、徐々にではあるが作付けを伸ばし、コシヒカリの一極集中の歯止めに一役買うようになっていく。食味ランキングでも、平成27、28年と連続で特Aを獲得するなど食味も高く評価され、広島県や徳島県でも奨励品種に指定されている。 

試験場内にあるコシヒカリの記念碑
「平成29年のあきさかりの作付けは約10%まで伸び、コシヒカリが約50%にとどまっているので、作付け比率を下げることに貢献したことは確かです。しかし、あくまでもポストコシヒカリを意識した品種ではなかったので……」と福井県農林水産部/福井米戦略課の杉本雅和参事は語っている。
 そして、福井県の農業関係者の「コシヒカリを超える新たな品種」という強い想いを実現するプロジェクトが動き出したのは、平成23(2011)年のことだ。奇しくも前年の平成22年は、日本列島は記録的な猛暑に襲われ、その影響で、全国的に米は高温登熟障害による一等米比率の低下=品質の低下を余儀なくされた。今後も、猛暑によって品質が低下することが懸念された。それを契機に、ポストコシヒカリの機運が加速したといっても過言ではない。
 平成23年5月に「ポストコシヒカリ開発部」が新設され、以下の3つの明確な育種方針が示された。
1.消費者の好みに合った味わいのある「美味しい」品種(コシヒカリを超える食味を持つ品種)
2.夏の暑さでもきれいに実り、倒れにくい品種(耐高温登熟障害、耐倒伏性の高い品種)
3.病気に強く、有機質肥料で安定して栽培でき、農薬や化学肥料の使用を減らし、ふるさと福井の自然に負荷が少ない『環境にやさしい』品種(減農薬・減化学肥料栽培に適した品種) 

試験場の圃場における生育調査
「コシヒカリは素晴らしい品種であるのは確かですが、北は岩手から南は種子島まで、作付けできる広域適応品種。品種としては同じコシヒカリでも、食味や品質もそれぞれ。県産コシヒカリを高く売るためには、特別栽培米とか付加価値をつけて売っていかなくてはならないという状況にありました。そのため新品種には、まずは高価格で取引される――優位な地位が得られるコシヒカリを超えるプレミア感がある食味と、高品質であることが求められました。そこに高温登熟障害に強いことなどが加わったのです」
 福井農試/ポストコシヒカリ開発部の冨田桂部長は、当時の状況をこう説明している。






 

期限も予算も決められていたので、とにかくミスのないようにと、地道な作業が繰り返された!


手作業で品種選抜を進める光景
 平成23年からポストコシヒカリの選抜が始まり、平成28年12月に県の奨励品種の指定を受け、今秋から試験販売が開始されたいちほまれ。

しかし、最初の交配はその数年前に行なわれていた。
「品種育成は10年以上かかるので、交配はいろいろなテーマ・要素を踏まえて行なっています。育成の中で、社会情勢や農業政策が変わってくるので、それに対応できるようにいろいろな材料をストックしていました。そのなかに、今回のポストコシヒカリに適合した組み合わせもあったということです」と、こともなげに語る冨田部長。60年以上にわたる水稲育種の経験と、繰り返し行われてきた交配により生まれた福井農試ならでは対応力だったともいえる。
 そして場内の試験圃場には、「福井の新しいブランド米」の目標に見合った候補(F4)の20万種が、1本1本植え付けられていった。出穂期、耐病性、高温登熟耐性、耐倒伏性などが、手作業で調査され、収穫も一種類ずつ手刈りで行なわれていく。
「これまでの育成では、いいものが出た時に品種登録されるという流れですが、今回の場合はプロジェクトとして期限も予算も決められていたので、選抜するにしてもいつも以上に気を遣って行いました。
 

最先端技術(DNAマーカー)を駆使した選抜方法
ドラマチックなエピソードなどなく、とにかく間違えないようにと地道な作業の繰り返し。選抜した番号付けを間違えたりしたら大変ですからね(笑)。この系統を落していいのかなという躊躇もありましたし……」
 今回の育成には、手作業による選抜の一方で、(独)農業生物資源研究所(当時)との共同研究として、稲の遺伝子により性質を識別する「DNAマーカー」による選抜方法を採用。いもち病抵抗性、高温登熟障害耐性といったイネが持つ複数の性質を、正確かつ同時に識別できたことが、効率的な選抜につながったようだ。
 また、消費者の「美味しい」を新品種育成に反映させるため、都市圏を中心とした消費者やプロの料理人を対象に、炊飯時の食味調査を実施し、消費者の好みの分析・研究も行っている。普段は人前に出る機会が少ない研究者が、東京青山や日本橋三越などで、実際にごはんを炊いて食べてもらい、約1,500人から意見を集めたことも。この結果、消費者が美味しいと感じる米は、炊飯時に「甘くて、もっちり、なめらかな食感」を持つことを確認した。


 

消費者を対象とした食味調査を実施
 選抜したお米がこの味を持っているかを確認するために、試験場内に食味専用調査室が設けられている。この部屋は、ごはんの外観が明確に判別できるよう、壁の色、電灯の色などを替え、洗米方法や炊き方などは、食味ランキングを発表している日本穀物検定協会に準拠した形をとるこだわりも。そして多い時には朝から10種類を2時間おきに5回、計1日に50種類の食べ比べを実施。まさに、「美味しい」にこだわった選抜が行なわれたのである。
 このようにして平成23年には20万種だった候補は、翌年には1万2,000種に、そして平成28年4月には4つまでに絞れられていった。



 

食味だけでなく、すべての面でコシヒカリを凌駕していた越南291号


「いちほまれ」が栽培される圃場風景
「4つまで絞られた越南290~293号という試験番号が付いた品種は、どれもが自信をもって、〝いいものができた〟といえるもの。全部捨てがたかった」と冨田部長が語っているが、現実には奨励品種に指定され、品種登録をされるのは一つ。

運命の最終選抜は、やはり食味評価が強く反映される形になった。県民の方の食味評価を参考に、料理人など食のプロ、お米マイスター(こだわりのお米屋さん)などの意見も加味して、県が決定したのである。
「4つの中で、食味の特徴が安定してよいという評価を受けたのが、越南291号でした。"ふくい〟と語呂が合う291号が選ばれたのは、まったくの偶然。でも、ドンピシャで運命的だという指摘もありました」
 こういって笑う冨田部長は、決め手となった越南291号の食味の特徴として、次の3つをあげている。
「まず1つ目は、"目から食べる〟といいますが、外観的には絹のような白さとツヤがあること。コシヒカリよりもツヤがありますね。2つ目は粒感と粘りのバランスの良さ。外は硬いので粒感が感じられますが、噛むとモッチリした粘りが感じられます。そして3つ目が、噛んだ時に口に広がる優しい甘さです」
 いちほまれと名付けられた越南291号の交配組み合わせは、母本がてんこもり、父本がイクヒカリ。富山県で育種されたてんこもりは、食味はコシヒカリと同等で、見た目の品質が良く、ツヤのある炊き上がりに特徴がある。また、福井農試生まれのイクヒカリは、モッチリとした粘りある食感が特徴の品種。まさに両親のいい所が、存分に引き出され、すべての面でのバランスがとれたお米になったようだ。 

地元の子供達も参加して行われた収穫式
 越南291号のそのほかの特性も見ていこう。

 熟期に関しては、出穂はコシヒカリより5日遅く、成熟は8日遅い。コシヒカリとある程度の作期分散ができ、カントリーエレベーターなどの施設面での負担も減ることになる。
 草丈はコシヒカリの89㎝に対して76㎝と短稈であり、耐倒伏性も高い。また、母であるてんこもりの高温登熟障害に強い特徴を受け継ぎ、一定レベルの耐性を持っている。耐病性という面では、いもち病の現在の菌型に対しては強い抵抗性がある。さらに、粒の大きさを示す千粒重では、コシヒカリより若干大きめ。そして、収量性に関してもコシヒカリ対比で103%となっている。
「越南291号は、すべての面においてコシヒカリを凌駕している」といっていい。まさにポストコシヒカリを実現した新品種なのである。

 

ブランド戦略は、いちほまれの認知度をあげ、ファンを増やすことから始めた


服部理事長を委員長にした戦略会議を開催
 ポストコシヒカリのブランド化に向けて、平成28年度に服部幸應・服部学園理事長を委員長とした戦略会議を開催し、高品質・高価格米の全国評価を得るためのブランド化戦略を策定した。

この戦略では、「コシヒカリを生んだ福井からコシヒカリを超えるコメが誕生!!この新しいコメが日本の食卓を変える」をコンセプトに、味や品質にこだわりを持つ料理店や百貨店、高級スーパーを始め、産地銘柄や口コミの評判でコメを選ぶ消費者をターゲットに据えている。
 また、越南291号を奨励品種にすることを決めた福井県では、今秋のテスト販売、来年度の本格生産に向けて、今年4月から農林水産部の組織変更を行い、サポート体制の充実を図っている。それまでは、生産体制を管理する部署とPR・販売を担当する部署が分かれていたが、「福井米戦略課」として一本化。また、県と県JAグループでつくる「ふくいブランド米推進協議会」を設立した。 

コンシェルジュが「いちほまれ」米袋をお披露目
 最初に仕掛けたといえるブランド戦略で、大きな話題を呼んだのが、越南291号の品種名の公募だった。国内外10万件を超える応募があり、「いちほまれ」に決まった越南291号の名称発表会は、都内のホテルで大々的に行なわれたのである。
 この命名には「日本一美味しい誉れ高きお米」となってほしいという思いが込められているということからも、官民一体となった農業関係者の本気さが伺える。
 そして、テスト販売のために120haに作付けされ、栽培技術が高い生産者によって600t(予想収穫量)限定生産されたいちほまれのために、県内外の販売体制を整備するなど、さらなるブランド戦略が展開されていく。
「東京・六本木での販売開始イベントを行い、首都圏の百貨店でも販売を開始。それに合わせ、過去最高ともいえる10万件を超える応募をいただいた方々をはじめ全国にSNSを通じた情報発信を行っています。消費者とのマンツーマン活動で、いちほまれファンを地道に増やしていくことが大事だと思っているからです。また、福井米の知名度が低い東京での浸透を図るため、販売店では店頭にコンシェルジュというスタッフを配置。米の特徴をていねいに説明し、いちほまれの名前を知っていただくことから始めました。同時に、いちほまれを美味しくする炊き方などを提案することで、購入者の満足度アップを図っています」
 こう福井米戦略課の杉本参事は語っている。



 
コンシェルジュによる店頭での販売風景

彼によると、(用意できる種籾の量にもよるが、)本格デビューの来年の作付面積は700~800ha、生産量3500~4000tを目標に置いているという。そしてさらに2000ha、1万t程度の生産を当面の目標としているとのことだ。
 福井県産コシヒカリは、食味ランキングにおいて5年連続で特Aをとっている。作付転換に二の足を踏む生産者がいるかもしれない。それを考慮すると、その数値が、どれだけ現実的な数値かは分からない。しかし杉本参事の口調には、「日本一美味しい」とキャッチフレーズが付けられたいちほまれの味と食感に対する絶対的な自信が伺え、その数値の達成を予感させるだけの十分な説得力があった。




 

当面のライバルは、山形県産つや姫と新潟の新之助!

「いちほまれ」ロゴ・パッケージ発表会

 新品種のブランド戦略の成功には、市場の流通価格をどれだけ高いところで維持できるかどうかに掛かっているといっても過言ではない。

そのために、他品種では「○○産」と地域限定ブランドといった販売戦略などが採られている。しかし福井県では――。
「ここ数年作付けされるものに関しては、出来る限り農協から出荷するシステムをとっていく予定です。米袋の表示も〝福井県産いちほまれ〟で一本化。いちほまれは、福井県で大事に育て、販売も責任を持って行うという意思表示です」と杉本参事。
 しかし、多様な消費者のニーズへの対応策としては、栽培方法のラインナップを設けるとしている。具体的には、①有機栽培、②化学肥料や化学合成農薬使用を50%以下におさえた特別栽培、③化学肥料や化学合成農薬を20%削減したエコ栽培という3つのラインナップだ。同じ栽培方法のものが、一ロットとして販売店に出荷されるというシステム。消費者は、減農薬や有機栽培されたものであるかは、表示を見て判断し、自分に合ったものを選ぶことになる。 「いずれにしろ、いちほまれの食味や品質を落とすことなく、高価格帯での流通を維持できるようにしていきたいと思っています。そのためのブランド戦略ですから。また値崩れを起こさないような、販売量の調整も将来的には必要になってくるかもしれません」

「いちほまれ」名称発表会
 杉本参事は、「目指すは魚沼産コシヒカリを超えること」と大きな目標を語っている。そして彼の口から詳細は語られなかったが、本格的な市場デビューを果たす来年度は、首都圏をはじめ、名古屋、関西を含めた全国的CMの放映も視野に入れているようだ。
 いずれにしろ、いちほまれはコシヒカリ発祥の地・福井県の次世代を担うフラッグシップ米であることは間違いない。だからこそ当面、種苗を他県へ提供する種ビジネスは、頭にはないという。福井県で成長を、しっかり見届けたいということのようだ。
「当面のライバルは、山形県のつや姫と新潟県の新之助。いずれもコシヒカリを超える評価を得ている品種です。もちろん、いちほまれもそれと同等もしくはそれ以上だと、思っていますが……」
 こういって笑う杉本参事の顔には、いちほまれの実力をもってすれば、必ずや近い将来ポストコシヒカリが達成されるという自信が滲み出ていたのである。いちほまれに関しては、今秋のテスト販売の結果だけでなく、来年の本格市場参入にも目が離せないのだ。



 *文中敬称略、画像提供:福井県農林水産部福井米戦略課