昔から白いごはんが食べられてきたの?
Q.昔から精米した白いごはんが食べられてきたの?
 
A.縄文時代末期、稲作の技術と一緒に、精米をする道具も伝わったので、精米して白いごはんにすることは、ある程度可能だったはずです。

 仁徳天皇の時代(4世紀古墳時代)には、屯倉舂米部(みやけつきしねべ)という脱穀・精米を行う官職が置かれていたという史実も残っていて、精米した白米食(はくまいしょく)がまったくなかったわけではありません。しかし、当時の技術では、白米種(はくまいしゅ)の栽培や収穫、脱穀、精米には、大変な労力と時間がかかったため、天皇・皇族以外は口にすることができない、貴重なたべものだったようです。
 時代が下って、奈良・平安時代になると、水田の拡大や技術の進歩で、白米種の生産量が上ったことに従い、当時「ましらけのよね」と呼ばれた白米食は、貴族層にまで広がっていきました。そして武家社会となった鎌倉時代以降には武士に、さらに江戸時代(元禄時代以降)は、都市住民へと徐々に白米食は広がっていったようです。